介護の道も一歩から 

介護のことを中心に、高齢問題・福祉・老後準備、それに纏わる時事を書いています。

被介護者の本当の意味での代諾者になる難しさ②

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2016年5月16日

 

昨日の続きからです。

わたしが、気になっていたのは母の頭の中です。つまり、言葉は発する事が出来なくても、考えたり思ったりが出来ているのか?です。

 

胃ろうにより、栄養面は問題がなくなりますが食べる楽しみはもうありません。

美味しいなとか、食感がいいなとか、口の中に広がる香りが…などは人生の楽しみのひとつですよね。それがない。

 

かなり身体機能が低下している母に残されている人生の楽しみ(価値)は、後は頭の中だけだと私は思っています。考えたり・想い出したり・夢を見たり、それがあるなら延命にも価値があるだろうけど…

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【説明を受けた医師からは伝わるものがなかった】

  • 植物人間に近い
  • 今の施設では受け入れは難しい
  • 手術は100%安全とは言えない
  • 2週間以内に返事をしてくれ

いま、落ち着いてみると先生は普通の事を言っているだけです。いま思えば相性の問題だったかもしれません。

 

手術は100%安全とは言えない」←当たり前の事です。麻酔をかけて、身体にメスを入れるわけですから、比較的安全な手術ですが100%安全ではない、この当たり前の説明が当時の私には、すごく冷たく聞こえた。

2週間以内に返事をしてくれ」←これも当然!期限は切らないと物事は進みません。

なのに、これも当時の私にはすごく機械的に聞こえました。

 

今の施設では受け入れは難しい」←胃ろうで栄養を送り込むのは、医療行為ですのでそれが出来る施設を探さないといけない。これは、困りました。やっと入った施設なのに、また探しなおし…

植物人間に近い」←当時私は、このような状態なら生きている価値は乏しいのではないかと考えました。

【私の出した答えは延命をしない!】

私なりに考えて、延命をしないと決め先生に伝えにいきました。

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【特養のスタッフとケアマネージャーから再孝を促される】

私の出した結論が、どの様に伝わって行ったかは分かりませんが、母が入院前に入っていた特別養護老人ホームの方と、いま父の担当をしてくれているケアマネージャーから色々お話をしていただきました。

 

心を動かされたのは、体制を整えて胃ろう後も今の施設で、受け入れて頂けると言っていただいた事と、ケアマネージャーからは母の頭の中(心?)は活動している可能性があるとのお話でした。

 

医療の現場では、意思表示の出来ない患者さんでも、伝わっているなと感じたり・いま気分が良さそうだなと感じたりすることは、多々あるそうです。

 

また、実際に胃ろうの手術を担当する先生からも、「かつての過剰医療に対する反動なのか今は過度に、尊厳死へ議論が向きすぎている」と言う話もしていただきました。

 

以上のことを踏まえ、私は判断を変えました。

胃ろうの手術を受け入れ、延命治療をしていただき現在母は施設で暮らしております。

 

【正しい判断であったかは今もわからない】

今回のお話のテーマを「被介護者の本当の意味での代諾者になる難しさ②」にしたのも結局は本人に聞けるわけでもないので、今回の判断が正しいか分からないからなのですね。

 

胃ろうや尊厳死の問題も、しっかり勉強して今後も書いていきますね。読者のみなさんと考えて行きたいと思います。

それでは今日はこんな処で。

   byおしょぶ~