介護の道も一歩から 

介護のことを中心に、高齢問題・福祉・老後準備、それに纏わる時事を書いています。

親との死別、悔いを残さないで(哲学者 岸見一郎さんから学ぶ)②

 

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2016年9月9日(金)

(2016.11.17再編集、加筆・訂正)

 

おはようございます。

昨日の続きですね。

もし、今日初めて覗いてくれた方は昨日の記事を見てからどうぞ!

 

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために (ベスト新書)

 

アドラー心理学に沿って】

 さて、岸見さんの折り合いが悪かった、父親の介護が始まりました。

※岸見さんはこう考えたそうです。

「対立の原因は自分の目的にあるのではないか」

 

嫌な感情や記憶を思い出す➡今後も対立したままで構わないと自分が思っているから。

父と仲良くしたいなら➡過去に拘らず一人の人として接してみる。

【高齢の親が変わるのは難しい】

岸見さんは、和やかな毎日を過ごすうちに確執の原因となっていた、過去の出来事を好意的に解釈出来るようになり、関係が改善したそうです。

 

※これについては、私でも分かり易い例かなと思います。昔に哲学を目指す岸見さんの考えを否定したお父様の方が普通の感覚の持ち主でしょう。

 

今の様に、個の時代ではなくみんなと横並びが、幸せに近いとの価値観が世間を覆っていたはずです。その時代に「哲学」で喰って行くと言われても賛成しないでしょう。

若かった岸見さんは反発し、確執が生まれたのでしょうが、落ち着いて普通に考えれば息子の将来を思った普通の父です。

 

 

よく生きるということ――「死」から「生」を考える

よく生きるということ――「死」から「生」を考える

 

 まぁ、それで「哲学」で喰えた岸見さんは凄いけど、結果論ですからね。

で、大事な事は岸見さん曰く、高齢の親が変わるのは難しいのだから、良い関係を築きたいなら自分が変わる事が必要です。

 

結局前文の「対立の原因は自分の目的にあるのではないか」にかかってくる。

父親哲学の道を反対したのは間違いだったと認めさせるのが目的なら、二人の仲が改善する事は無いでしょう。父と仲良く過ごしたいが目的に出来たら、岸見さん自身が変わるのは簡単と言う事ですね。

【お互いが初めての経験】

「自分が通ってきた道、いずれ行く道」と年代格差感をよく表現しますが、介護は正にそれです。高齢になり、うまく行かない事が増える、介護者も被介護者も初めての経験ですから、戸惑い・苛立ち感情がぶつかり合ってしまいます。

 

masaru-masaru-3889.hatenablog.com

 上記の過去記事、まだの人は読んで下さい。

アドラー心理学で言うともっと深いかも?】

前述で、「目的」について私なりの解釈でまとめましたが、本当はもう少し深い。

今、認知症の父と暮らしていますが、仮に父に何かを急かされたとします。

私はその時、別の事に夢中で何かの理由をつけて1時間待ってくれと言います。

だが、父は納せず、わたしに急かした言葉を浴びせる。

私は「1時間ぐらい待てよ」と怒鳴ってしまう。

アドラー心理学でいうと、この怒りは父の言動が原因ではなく、父を1時間待たせるという目的のために、私が作り出した感情なのです。

この目的が対立の原因だと言うことです。

【まとめ】

岸見さんはこう言ってます。

「生産性を重視する価値観から抜け出し、存在する事に価値があると考え方を変えてみてはどうでしょうか」

もし、被介護者がベッドから起きられなくなっても「話せて楽しかった」「会えてよかった」「そこにいてくれるだけでうれしい」そう言う気持ちを伝える事が出来たら、被介護者も自分の存在に意味を感じてくれるのではないかと。

 

※今回の記事は、9月2日の神戸新聞での岸見一郎さんの、介護者へのアドバイス記事を参考に、わたしの解釈を入れて纏めたものです。

 

では、今日はここまで!

by Oshubu~

 

 

 

幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

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