介護の道も一歩から 

介護のことを中心に、高齢問題・福祉・老後準備、それに纏わる時事を書いています。

命の犠牲が憲法9条に!「手軽に変えられてはたまらない」(瀬戸内寂聴)

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2018.05.06

 

ちょっと今日はこのブログの趣旨からは脱線しますが、よく記事で取り上げている瀬戸内寂聴先生が「憲法9条」について寄稿されておられたので、ご紹介します。

 

あくまでも瀬戸内寂聴先生のご意見です。このブログや筆者の立ち位置ではございませんが、多くの意見に耳を傾ける事は重要です。

 

今日のテーマは「命の犠牲が憲法9条に!『手軽に変えられてはたまらない』(瀬戸内寂聴)」でお送りします。

 

先生の母と祖父は戦時の、徳島における空襲で亡くなられています。

終戦で、北京から引き揚げた後にその事実を知りました。それ以来戦争だけは絶対あってはならないと思っているそうです。

 

釈迦の教えの根本は…

「殺すなかれ、殺させるなかれ」だそうです。

その釈迦の言葉を信じて先生は生きて来られました。

 

3.11での震災時は、先生は背骨の圧迫骨折で寝込んでいましたが、矢も楯もたまらず、杖を頼りに被災地へ行ったそうです。

 

そこの小学校で、3年生の女の子から質問を受けました。

「今回の震災で、沢山の人が死にました。先に戦争があって、やはり沢山のひとが死んだそうです。その死と今度の死はどう違いますか?」

 

これ、小学3年生の質問ですかね?^^;逆境は急速に人を成長させると言いますが、それだけ被災地は厳しい状況だったのかも知れませんね。

 

先生は…

「戦争で死んだのは、人間が人間を殺した殺人です。津波は自然が起こした天災。原発事故絡みで亡くなった方は、事故死です。津波を防ぐ力はまだ人間にはないけれど、原発を使わなければ、事故は起こりません。これは防ぐことが出来ます。戦後出来た憲法では、武力は使えないと定めています。日本は戦争はしないと決めているのだから、みんなで憲法を守っていこうね」と答えられたそうです。

 

先生は、現安倍政権の姿勢から「あれだけの命の犠牲を払って手に入れた憲法を、そんなふうに手軽に変えられてはたまらない」とおしゃっています。

 

みなさんはどうお考えでしょうか?

では、また明日です。by Oshobu~

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